前回までのあらすじ

 どうも、焦げ上がっちまうほどの褐色肌で夏の人気者の真アサシンです。
 ・・・うそです。調子乗ってすいません。影の薄さに定評のあるアサシンです。

 えーあらすじですが。まあ、自分と先輩作品の主人公殿が戦ってます。くらいのことしか言えないんですが、楽しんでいただけたらな・・・と。  あ、そこッ 死亡フラグ立ってるとか言わないで下さい。
 ん?魔術師殿どうされたんですか、芋虫みたいに丸まって?
 え?アサシンはワシが黒焦げで大変なのに無視してバトルとかしてる?
 そ、そんなことありませんよッ 自分はいつだって魔術師殿の身を案じてますよ。
 今は展開上、仕方ないんで我慢してください。
 え?でもアサシンが勝つって信じてるから待ってる?
 ま、魔術師殿///

 以下本文


 ・・・天に輝くは闇空の月光。
 冬の大気に抱かれた白月は一つきりの(明かり)として空を占める。
 そして、その月照すら翳る木々の狭間、白面の暗殺者と蒼眼の死神は対峙していた。


 髑髏の月、穿つ白月 ―中編―


 場は凍り、月明かりすら霞む殺界。
 それは最強を冠する7騎の一角である暗殺者と、その秘刀を断った蒼眼の死神の殺し合い。
 風が・・・吹き始めていた。

 「厭な風だ・・・」

 吹き抜けた風に流れた声は仮面の下からだ。
 木々を抜ける木枯らし。場が俄かに動じ始めている。
 そよそよと風の流れる音。カサカサと落ち葉の流れる音。キシキシと枝葉の軋む音。
 その中で、仮面の下の声だけが静謐に響くようにはっきりと聞こえる。

 「邪眼か」

 白面は変わらず喜色(ワライガオ)だが、その声には確かな厭忌の念がこもっている。
 表情(かお)隠したる練達の刺客も、その超常たる魔眼の前に考えを改めたのだ。

 そう、アサシンの関心はその魔眼()にある。
 死地を脱した機知でも飛刀を捉えた剣術でもない。己の得物(ダーク)を断ち斬った能力()だ。

 対峙する青年の持つは3寸ばかりの小刀だった。
 するどい刃を持っているが、一見してただの古刀である。魔術的な力を感じぬうえ、施術の痕跡も見られない。
 青年自身もそうだ。その戦闘方法に魔術的な所作は一切無かった。彼は体術のみで戦っている。
 だが、その刃は己のダークを切り裂いた。
 自身の血魂を封入し、高熱赤鋼と()ち上げたその刃がいとも容易く切断された。
 折られたのでも砕かれたのでもない・・・斬られたのだ。
 そこにどれほどの力が及ぼされたのいうのか?

 ・・・考えるまでもない。あの双眸に輝く蒼光。
 それがこの青年に一つだけ見える異常。つまり魔眼。

 だが、アサシンにはその魔眼がいかなる呪いを持つのか解らない。
 本来、受動器官である眼を外界に影響する能動器官として改変させたのが魔眼だ。ならば、その影響の効果、石化なら石が、幻術なら幻がアサシンに見えているはずである。
 だが見えない。それこそ投擲短剣(ダーク)は泥細工の様にきれいに断ち切られたと言うのに、いかな呪術が働いたのかすらわからない。
 もちろん短剣は泥などになっていない。硬い刃。強靭な鋼は綻びすらしていなかった。だと言うのに・・・

 (まるで―――元から壊れているかの如く・・・か)

 アサシンは動揺など億尾も出さず目前の青年を測る。
 その眼は何を見て、何を成すものなのか・・・

 「どうやら、あまり侮ってはいられぬようだ。」

 闇に染み渡る澄んだ声でアサシンは告げた。
 端的に誉めたのだ。その眼を、その実力(ちから)を・・・しかし

 「―――そして賞賛しよう。この身に挑みし蛮勇を・・・」

 そう蛮勇であった。
 いかな魔眼、呪眼と言えど、それだけで英霊に挑むは無謀。くわえて、殺し合いなどとは度し難い大言。
 彼我の戦力差は少しも縮まっていない。
 かたや正確無比の投擲短剣。かたや敏速技巧なる小刀剣術。
 しかし、その隔たる距離は10mを超え、木々が疎らに生えて水気を含んだ土壌は足場として劣悪。
 つまり3寸の刃が暗殺者の喉元に届く距離ではなく。また投擲武器にとっての必殺の間合いである。
 いかな超越な能力(チカラ)であろうと届かなければ意味が無い。
 その言葉は脅しではなく真実である。

 しかし、告げられた志貴は眉一つ動かさず器用に小刀(ナイフ)を逆手に持ち直し・・・
 ジャリッ・・・黙したまま足場を馴らした。
 彼の体術は初速が要である故、地ならしは重要な所作である。

 暗殺者はその仕草を見てクッと喉の奥を鳴し・・・途端、その姿が陽炎のように霞んだ。
 いや、黒の外衣が闇と言う名の水面に溶け沈んだかのように揺らめいているのだ。
 雲霞みの如く確かならぬ気配に薄れた暗殺者は無論、志貴が戦闘の続行を望んでいる事を察したのだろう。

 「いいだろう。その命、邪眼と共に散らすが良い」

 そう語る髑髏面はもはや湖面の月ほどの存在感も無い。もはや幽夜の灯火の如く掴み所の無い気配で佇む。だが、(うつつ)ならぬ幻影の如き黒衣にもかかわらず、その声はステレオのように森に響き、殺意という名の悪意が質量を持ったかのように夜を圧迫している。

 スッ・・・暗殺者の殺意に答える様に志貴は上体を屈ませた。その放たれる殺気は抜き身の太刀か獣の如くか・・・否、違う。

 ――――――其は納められた刃

 抜き放つための納刀。()ち放つための張弓。飛ぶための屈伸。爆発のための収縮。動のまえの静こそ万物の要。
   ()した太刀。引き絞られた殺意はいかほどか。

 霞む暗殺者の迸る殺意。
 構える死神の込められた殺気。

 その殺人鬼の姿があまりに堂入っていたからだろうか、暗殺者は仮面の下で嘲笑(わら)う。

 「・・・なるほど、あながち虚勢だけでは無いよう―――」
 「―――もういいか、おしゃべり。
  投げないなら、俺から行くぜ・・・」
 刃物のような声が、走り出す体躯(からだ)とともに風に乗った。

 鞘を滑る快刀のように、鋭く刺さる殺意のように、死神の体が飛び出した。
 疾風の如き踏みこみ。一足で2間(3.6m)を詰めるその跳力。
 されど間合いは遠い。隔たる距離はいかな駿足強脚をもってしても詰めるには至らない。
 いや、この黒衣白面の暗殺者の間合いを瞬時に踏破することなど誰あろうと適いわしないだろう。

 「愚者(うつけ)・・・」

 滑り射ちに放たれる3つの凶刃が、一直線に距離を詰める獲物へと(はし)る。
 疾風の踏みこみに対する迅雷の如き迎撃。
 当然、直進する志貴にそれを防ぐ手立ては無い。
 それをアサシンは愚かと罵った。
 いままで辛うじて志貴がアサシンの攻撃を凌げていたのは防戦に徹していたからだ。そのか細い頼みを自ら捨てた志貴に、もはや命運は無い。

 チッ―――志貴の袖を一本の剣が掠めた。それはギリギリの回避。この距離と倒走状況では投擲短剣を見切る事など不可能だ。ただ直感的に横に逃れたにすぎない。

 さらに、好機と心得たアサシンが距離を詰めながらさらなる追撃を射つ。
 扇状に広がった弾幕は五本。態勢を崩した志貴には予測できたとしても反応などできない。

 しかし、致命となる筈だった黒刃は悉く空を掠めた。志貴の体は四足獣の如く低身にてその扇射を凌いだのだ。
 反応速度もさる事ながら、脅威に対して過敏とも言える直感力が、暗殺者の英霊をして必殺に至らしめない。
 だが、それもここまでだろう。伏せた志貴に、次の攻撃は凌ぐ事は出来ない。
 しかも、すでにアサシンは扇射とともに音も無く至近距離まで間合いを詰めていた。その視界には伏せた志貴の臀部から頭部までがはっきりと見えている。
 もはや人であろうと獣であろうと避けることなど出来ない間合い。

 シャッ―――止めの一刺が放たれた。狙いは首筋。

 しかし・・・それすらも空を切った。

 「ぬッ・・・?」

 アサシンは知らずに驚嘆の声を漏らした。
 己が一撃を見舞う刹那、蒼眼の青年は信じられない瞬発力で上方へと飛びあがったのだ。
 つまり、敵は攻撃を凌ぐ為に伏せたのではなく、跳躍の為に筋肉(バネ)を屈み込ませていたのだ。
 恥じるべきは己の不覚。驚くべきはアサシンにすらそれを悟らせなかった体術。
 だが・・・敵を追い、上方へと視線を走らせた時、アサシンは真の不覚を知る・・・

 (――――――消えたッ?)

 上方(そこ)には、確かに飛んだはずの敵の姿が見えない。
 信じられない事に・・・夜に飛び、闇に潜む練達の殺し屋。夜戦の達人とも言うべきアサシンが敵を見失ったのだ。

 相手はただの人間。魔術師でなければ霊媒や精霊でもない。それがどうしてアサシンの眼から逃れられると言うのか?
 いや・・・遠野志貴をただの人間と侮ったのが此度(こたび)のアサシンの最大の失態であろう。

 上に視線を転じたアサシンの挙動は反射と言える。彼は狩人なのだからみすみす獲物を見逃して言い訳が無い。目で追うのは当然だ。
 ただ、それは遠野志貴という殺人貴を前にして些か短慮であっただけ・・・彼は毒蜂に追われる哀れな芋虫などではなく・・・巣糸張り巡らせる鬼切りの蜘蛛。
 アサシンは止めの一撃を避わされた時点で距離を離すべきだったのだ。

 その姿は視線を欺き、反射を死角とし・・・既に暗殺者の背後へと飛翔(おど)っていた。

 だが、百戦錬磨なる暗殺者が己が背後をやすやすと許しはし無い。故に、その存在に気付くまでは刹那も無い。
 ならば、死神が駆け抜けたのは涅槃の一間ッ

 「――――――()ねろッ!」

 ()え滑る一閃ッ 
 狙うは頭頂部より右側頭部に走線(はし)る死ッ


 ――――――ギンッ

 しかし響いたのは鋼の音。
 説き明かすまでもなく・・・言うに及ぶまでもなく・・・夜に閃いた白刃は、闇夜に浮かんだ黒刃に防がれていた。

 だが、受けられた白刃を軸にして、志貴の体が空中で捻られる。
 アサシンの後頭部を狙った回し蹴り。しかし、軽業師の如く繰り出された襲脚は空を切った。

 ヒュッ―――逆に、黒衣の下からは着地を狙った反撃のダークが放たれ。

 ギンッ―――至近弾(それ)すらも断ち斬る死神の刃が・・・

 ――――――(ザン)

 ・・・疾風であろうと及ばぬ速度でアサシンの懐を切り払った。

 夜闇を切り裂いた白刃の一閃。だが、触れるもの全てを断ち切る死の線・・・稲妻の如く駆け抜けた太刀筋ですら・・・暗殺者を捉えるには至らなかった。
 アサシンは直前で飛び上がって辛くもその白刃より逃れていたのだ。


 「見事だ・・・」

 声は樹上から。笑う髑髏の仮面の下から漏れたは意外にも賛辞。

 「蛮勇と言った事をまずは詫びよう・・・たしかに、誇るだけの技と魔眼(ちから)だ。」

 枝葉の闇に溶け込んだ黒衣(からだ)の代わりに傾げた髑髏面がその存在を主張する。

 「しかし何故、先ほどは我が愛剣(ダーク)ごと、この身を切り伏せなかった?
 ・・・それとも出来なかったのか?」

 無論、志貴には聞く耳も返す言葉も無い。

 「答えぬか・・・まあいい。それほどの魔眼だ、条件には相応の代償があろう・・・どちらにしろ、我が身に届く事は無い。」

 それは挑発ではなく事実だった。
 たしかに青年は常人に比すれば驚異的と言える身体性能を持っている。いかな酷練、ないし天性の物なのか獣の如く俊敏な技・・・そして、おおよそ獣ですら持ち得ない妖術(まやかし)染みた体術は、アサシンをして僅かばかりの遅れを取らせたのだ。
 しかし、それでも暗殺者を打倒し得るにはまだ遠い。
 アサシンは万の信仰と億の畏怖に崇められた肉を持つ英霊だ。
 技において、身体性能(ちから)において、武器において、敗北の要素など無い。

 ただ一つの例外・・・概念(かみ)すら殺す蒼き魔眼を置いて・・・

 言葉も無く、死神の影が夜の森を疾風の如く駆け抜ける。何一つ語る事無く。その殺意を鋭敏に尖らせて・・・
 迎撃の短剣投下(ダーク)を2度の方向転換で避わし切った影は、滑りこむ様に白面の貼りついた木の下に潜りこんだ。

 (昇る?・・・いや)

 アサシンの胸中の反問よりも先に、足場が傾げた。

 (落とすか・・・ッ)

 アサシンが立っていた木が傾斜する。いや、すでに倒れる勢いだ。
 その原因は根元近くの幹の断裂。志貴が駆け込んだ瞬間に、巨木の幹が一瞬で真一文字に切り裂かれたのだ。

 (やはり邪眼ッ)

 そう、邪眼の力はまだ生きている。カラクリはようとして掴めないが、樹木を音も無く断ち切るほどの威を放っている。
 そして、その間にも志貴の体は手近な木を足場に飛びあがり、倒れゆく樹木の中腹の幹に飛び乗っていた。

 「児戯・・・ッ」

 だが、と暗殺者は嘲笑(わら)う。
 倒木を風の速さで駆け上がる死神。これから1秒も掛からずにその刃が己が喉元に届こうと言うこの最中・・・暗殺者は嘲笑(わら)うッ

 今まさに刃走らさんと振りかぶった志貴は―――ギシ・・・ッ

 奇妙な物を見た。
 空間が揺らげた・・・いや、世界が圧縮されたような現象(錯覚)が起こった。
 志貴は、己の額へと突き出される闇色の短剣を見た。
 投げられたのでは無い。何を思ったのか投剣使いの暗殺者は志貴の間合い(クロスレンジ)に自ら飛び込んできたのだ。

 「―――づッ」

 志貴は状態を逸らして辛うじて避けた。
 しかしおかしい。速度において圧倒的に勝る投擲すらも凌いだ志貴が、何故この程度の一突きにこれほどの醜態を晒すのか。
 問題は距離。
 アサシンが志貴に向かい突きを繰り出したのは一間(ミドルレンジ)。それは剣か槍の間合い。短剣を振るうには後一歩足りない距離だ。
 ゆえに、繰り出された短剣は志貴にとって脅威ではなかった。そう・・・その腕が伸びる(・・・)までは
 そう、アサシンは今だ志貴の間合い(クロスレンジ)には飛びこんでいなかった。あくまで安全距離(ミドルレンジ)から動いていない。
 つまり志貴にとっては射程外。それは腕が伸びた以外に考えられない現象(一撃)だったのだ。
 しかし、誰が想像できよう・・・ボロの黒衣の下に隠された腕の長さが、一間を伸びるほどの長腕などと・・・だが、その姿こそ黒衣の下に隠された暗殺者の本性。
 だが、この時点の志貴に不可思議な現象の答えを待つ暇は無い。

 クルッ・・・己に突き出された黒短剣が翻り、刃をこちらに向けて振り降ろされんとしている。

 「チッ!!」

 伸び上がった上段蹴(つま先)。宙に踊る襲脚が怪人の蛇蝎の如き腕を捉えていた。

 ガチィッ

 ダークが弾け飛び、手首を砕き散らさんほどの衝撃に長椀がしなりあがる。

 (―――もらったっ)

 この距離で腕一つ塞いだのは大きい。とにかく志貴は敵の死角となる動かぬ腕(左側)から懐に飛びこもうと蹴り足を戻そうとするが・・・

 ガシッ

 響いた縛音。それは何かを握る音。志貴は・・・蹴り上げた右足の付け根に強圧的な痛みを覚えていた。

 そう、掴まったのだ。動けないはずのその左腕(うで)に・・・ッ

 「―――足掻(あが)け小僧」

 暗殺者の嘲笑が聞こえる。
 志貴は右足を掴まれたまま一息に引き込まれていたッ

 倒木と同時に黒い影が飛びあがる。
 遠野志貴の足を捕まえたアサシンはそのまま地面に叩きつけんと長い腕を振りかぶっていた。
 しかし、その間にも志貴は戒めを解くべくアサシンの手首を捻り抵抗する。
 っが、恐るべきは豪腕。その痩腕にいかほどの力が込められているのか。志貴の健脚二本がかりでも空中では捻る事すら出来ない。
 そして、アサシンの方でも逃がしはしないと一層腕に力を込めていた。もはや決着はついた。後は勢いのまま地面に叩き付けるだけで勝敗は決する。・・・筈だった。
 ギュリッ・・・軟骨を潰す嫌な音がした。握っていたはずの足が、あろう事か空中で反転した。

 「〜〜〜ッ」

 アサシンは手を離した。痛みからではなく、危機感からだ。あと一瞬遅れていたら手首は折れていた。・・・いや、あの白刃に断ち切られていただろう。

 一方アサシンの縛から逃れた志貴の姿はすでに別の木の梢。
 無論、追撃のダークがその鳩尾、喉元、眉間へと即座に放たれる。
 しかし、必殺のタイミングで放たれた3つの凶刃は、当然の事のように空を切った。
 そう、アサシン自慢の高速射撃も意味をなさない。

 ――――――ここは零距離(七夜の間合い)

 ゴスッ・・・アサシンの脇腹に衝撃が走る。志貴の踵が食い込んだのだ。
 そして黒衣に包まれた痩躯は地面に叩きつけられる。

 ガスッ・・・地面に仰向けに倒れたアサシンの顔面に志貴の踏み潰し(追撃)が打ち込まれた。しかし、砕いたのは細い枝。肝心のアサシンは仰向けになりながらもまるで節足動物(ムカデ)のように地を這い、その攻撃をかわしていた。
 だが、志貴はそれを読んでいた。その程度で仕留められる獲物では無い。ならば、とどめは月光に輝く右手の白刃以外ないッ

 (シツ)ッ―――森の瘴気を振り払うような一薙ぎがアサシンを追った。
 速く、鋭く、重い一撃・・・まるで野太刀が振り払われたかのように風が巻き起こるが・・・

 ゆらり―――っと、白面は暗闇に嘲笑(わら)う。

 完全に捉えたはずの太刀筋。だが、掴んだと思えば掻き消えるがこの黒衣の暗殺者の最たる不気味であった。


 「惜しいな・・・」

 風に流れる暗殺者の声。
 水底から浮かぶ気泡の様に、暗殺者の姿は再び木の頂点に朧いでいた。
 志貴の体術による眩技ではない。音を排し、息を殺し、存在を消した真なる隠形。

 「いま討ち果たせなんだは痛恨であったな・・・」

 (くら)い愉悦を滲ませながら暗殺者は語る。

 「無駄口が叩けない程度には蹴りこんだつもりだったんだがな・・・」

 答えた志貴の苛立ちを含んだ声。
 だが、それは余分。殺人貴(かれ)の価値観に程度(・・・)と言う言葉は無い。
 問題は殺せたか殺せなかったか・・・重傷か軽傷かは区別はしても拘るべき事柄では無い。
 なにせ、七夜(彼ら)が相手をしてきた者達はどれも怪物だ。
 痛みでは止まらない。恐れでは怯ま無い。ゆえに・・・殺す以外に手立てなど無い。

 ゆえに・・・志貴が繰り出した攻撃は全てが必殺。
 だが、過不足無く、喩えようも無く、ただ殺すために行われた攻撃が悉く防がれた。
 それに・・・殺人鬼は僅かな怒りを覚えたのかもしれない。

 だが、屈辱で言うならばそれは暗殺者の方が数段上であろう。
 力量は歴然。戦力差の開きは埋めようも無く深い。ゆえに勝敗は火を見るより明かなこの狩り。
 にもかかわらず・・・

 ――――――戦いになっていた。

 先に告げられた通りの殺し合いだ。
 いいかげんにアサシンも思い知っていた。
 相手取る蒼眼の青年の実力を・・・
 
 (―――よかろう。我が身の全霊を手向けに死ね)

 それは、機械のようなこの男には有り得ない・・・闘争心の現れだったのかもしれない。


 枯れた森の枝葉の上、黒衣白面の暗殺者が眼下を見下ろす。
 暗く沈んだ木々の中、蒼眼の死神が頭上を仰ぐ。

 互いに相手を殺傷せしめる秘奥を持つ2人。
 一方は弾丸の如き投剣と神出鬼没なる隠形をもって幾百の屍を築いた暗殺者。
 片一方は変幻自在なる小刀術とあらゆる物を殺す魔性の眼で不倒不滅を冠する化物をも殺し切った死神。
 如何な決着とて、どちらかの死亡以外に終わりは無い。

 フワリ・・・先手を取ったのはアサシンだ。一陣の風に乗った綿毛のように白面が宙に舞う。
 まるでワイヤーアクションのワンシーン。
 中天にはちょうど月が木々の切れ間より覗き、夜空を白く穿っている。その月に向うかのように白面は夜空に昇っているのだ。
 それは焔に焚き上げられた灰燼のように舞い上がり、湖底より浮き上がる水泡のように緩慢な動き。
 そして・・・白仮面(それ)が天頂に佇む白月と重なった時・・・その姿は消えた。

 「・・・ッ!?」

 志貴は声もなく慄いた。
 当然だろう。神出鬼没のこの相手、一度見失えば再び発見するのは至難である。
 故に注視。2度と惑わされぬよう凝視していたにもかかわらず、その姿は遮蔽物など無い空の上で消えたのだ。
 それはまるで出来の悪い編集ビデオ。溶けるとか薄れるとか余分な演出(エフェクト)も見せずに、ただ画面(視界)から忽然と姿を消した。
 テレビで見る手品やイリュージョンのようである。っが、これは現実。人間が姿を消すなど簡単に許容できる事ではない。
 故に・・・

 「・・・がぁッ」

 放たれた投刃への反応が遅れた。
 左手甲を貫いた黒刃。白仮面は消える直前にも喉元を狙い投剣を放っていたのだ。完全に虚を突かれた志貴は、直前にようやく気付き、腕一本を犠牲に致死を間逃れていた。

 「ぐっ・・・あぁ・・・」

 傷口が熱く痺れ、これ以上無く痛い。単純な切り傷だけでなく、刃には小刻みに刃歯が生えており、ザリザリといまだに痛覚を刺激し続けている。
 痺れと傷みと悪寒とが腕を伝い首筋まで届き、体中を震わせる。気を抜けばナイフを取り落とし、蹲ってしまいそうになる。
 っが、それをすんでの所で踏み止まらせたのは死に敏感過ぎる彼の直感だ。

 「く・・・ッ」

 転がる体躯。
 横に避けた志貴の側を凶刃が掠めた。
 いつの間に回り込まれたのか、右後方より飛んで来た刃を直感的に回避した。
 転がりながらも志貴は脇を締めてこれ以上の出血を抑え、痛みを抑えこむ。
 ザッ・・・転がって倒れた姿勢、四肢を付く獣のような体勢から、一気に走り出した。向かう先は投剣の発射点ッ
 全身の出血が酷い。持久戦、長期戦では自身に勝ち目がないことから志貴は一気に攻勢に出た。
 しかし――――――

 「チッ!!」

 襲撃者の姿が見えない。たしかに投剣はそこから投げられた筈なのに。刺さるような視線はそのままに、姿のみが見えない。
 志貴が目を移したのは投剣の直後のはずだ。移動したとしてもある程度目端が利くはずである。
 だと言うのに、目の前には暗い森だけ。何事も無かったかのように枯草一つ荒らされてはいない。

 さらに、背後から突然・・・

 「・・・呆けるな。
 その首元には常に刃が当てられているものと思え。」

 襲撃者の声。

 まるで耳元で囁かれたかのようなその声・・・
 バッ―――背後をナイフで一薙ぎ、体を後方に下げながら低く構え、敵に備えた。
 しかし、背後には誰もいない。
 ただ、前方の森の中、木々の狭間に白仮面が笑っている。

 「良い勘を持っている。よくよく惜しい才能ではある。
 っが、これ以上の戯れは大事に障る。これで幕としよう。」

 あくまで優位性を誇る白面の言葉。その胸中にある本心(昂揚)は志貴からは窺い知れない。
 この場、この時、これほど格下の相手に本気を出すという愚挙。いみじくもアサシンは最強の一端に座する英霊。人では抗えぬ。人では倒し得ぬ。そう謳われた(つわもの)ではなかったか。ならば、この本筋に外れた戦いにおいて手の内を晒すと言う事はあり得無い。
 だが、そのアサシンをして本気にさせる何かが遠野志貴にはあった。
 それはやはり、あの底冷えするほど鋭く蒼い眼光・・・


 「・・・狂言回しの好きな奴だ」

 志貴は間合いを計りながら悪態をついていた。
 失血のせいか、体が重い。視界が霞む。敵の声も前方からでなく全方位から響く様に聞こえてくる。
 しかし、気にしている暇は無い。ゆっくりと上体を下げながら前方に敵を捉え・・・駆け出したッ

 「ふ・・・ッ」

 疾風の様に地を滑る。ほぼ横倒しのような低い姿勢で目標へと一直線に進む影。 
 距離は10mといったところだが、すこしばかり木が多い。それ自体はたいした事は無いが、足場には木の根、雑草、落ち葉が多すぎる。
 志貴はうまく足を滑らしながら突如方向を変えて太目の木の下へ入りこんだ。
 幹を盾にしてアサシンの投剣を凌ぐつもりか・・・否、これはただの目眩まし。
 ガッ・・・滑りこんだ態勢から一息に跳躍した志貴は、2足目で幹を蹴り、15m近い木を一息に昇りきった。
 同時、志貴が昇った木の幹が根本付近から切断されてアサシン側に倒れ始める。その切り口はやはり鋭い何かで切り裂かれたかのように滑らかだ。
 アサシンに向かい倒れる樹木。その上から志貴はアサシンに一撃を見舞うのか・・・それも否。
 すでに志貴の体は別の木へと移っている。
 もちろん、倒木を避けるため動くアサシンを上方から狙い討たんためだ。
 それはニ重一撃の必殺のかまえ。わかっていても防ぐ事の出来ない攻撃だ。
 しかし、意外なことに・・・

 ――――――アサシンは避けなかった。

 ズンッ・・・倒木はそのまま重音をたてながら黒衣の暗殺者ごと地面を潰したのだ。
 志貴はその光景を木の上からただ眺めていただけだ。だが・・・

 「バ・・・」

 ―――カな、とは言えなかった。
 月明かりが幸いしたのか、自分にそそぐ月光が一瞬翳った事に志貴は気付いた。

 「上・・・?」

 だが、見上げた時すでに遅かった。

 ――――――夥しい数の黒刃。

 降り注ぐ連弾。五月雨(さみだれ)る漆黒の刃が志貴に向かって飛来している。そう、黒衣の暗殺者は志貴が巨木の影に隠れたとき既に飛び上がり、その頭上を取っていたのだ。

 「・・・ッ」

 志貴は考えよりも先に体が動いた。全力で枝を蹴る。地上15mの高さだという事も忘れて、志貴はその場の離脱を何より優先した。

 ザンザンザンザン〜〜〜〜〜〜〜ッ

 一拍をおいて着弾した群刃。枝を折り、葉を散らし、幹を穿つ。
 あの場に残っていたのなら、志貴は間違い無くミンチになっていた。
 では、危機を脱したと言えるのか・・・それもまた否である。

 樹上から投げ出された体。咄嗟の事で別の木に飛び移る暇も無かった。このままでは当然落下する。
 頭から落ちている。受身を取りそこなえば最悪死ぬだろう高さだ。だが、そんなことはどうでもいい事だ。
 そう、頭から落ちるのは危険だとか、受身を取らなければなんてのは現実逃避も甚だしい話。
 今・・・なによりも問題なのは足場が無いと言う状況。
 そう、足場が無ければ動けない。地を這う動物の基本だ。つまり、地面と言う安全地帯に着くまでは完全な死に体。
 地を這うは獣。空を飛ぶは鳥。その摂理だけはいかな魔人(ナナヤ)とて覆せ無い。
 つまり無防備、あまりに隙だらけ、そして無駄だらけ、それはただの的。
 志貴は、絶望的な15mもの落下を前にして、それ以上に恐ろしい白面(そら)を見上げていた。

 月明りの遠い冬の空。
 枝葉に遮られず仰いだ夜空は残酷なほど美しい。
 なによりも己が頭上、宙空で月を背負う白面はあんなにも・・・嘲笑(わら)っている。

 宙天の白月・・・そうかと納得もする。夜空であんなに白ければ良く目立つ。嫌が応にも目印にしてしまう。だから、そんな単純な事だった。
 自分の体術と同じだ。止まっている時を強調するから動いているときが早く見える。白い仮面が余りに目立つから、それを探してしまう。
 ああ、子供だましもいい所だ。仮面(つき)を外せば、とたんに消えてしまう夜空の明かり・・・あれはそんな呪術(おまじない)。

 さらに、仰いだ白仮面は黒衣(ローブ)を纏ってはいなかった。
 その姿を志貴は枯れ木の様だと思う。
 黒衣の下の体は驚くほど痩せて細長い。肋骨までクッキリと見える肉の無い体躯。棒のように細長い手足。それは、まるで節くれを繋ぎ合わせたような不恰好。
 細い細い(からだ)と長い長い手足。黒衣の下に隠れていたのは2mは越そうかと言う長身だった。

 (とんだ狸だ・・・)

 白面で惑わすその隠形。黒衣に潜ませたその長躯。
 こいつは心も体も・・・その存在全てが人を欺く為に造られている。
 殺害の為にそのほか全ての機能を取り払った人間なのだ。

 さて・・・生まれながらに殺害の狂気を孕んだ人の形をした死神にとって・・・この殺害に特化するべく造り変えられた異形の人間はどう映るのか・・・

 ただ、志貴は見つめていた。投剣のためだけに鍛えられた歪な肩筋(隆起)ではなく、投薬によってボロボロになった腐蝕(ただ)れた表皮でも無く・・・そんな歪な体の中であってさえ異常と言える右腕(ソレ)・・・いや、あれは禍々しいと評するべきかもしれない。
 腕全体を覆うべく巻かれた細布。手の先まで巻かれたその形はまるでセメントを詰めた鈍器の様に太い。
 何より、縛られた布間から立ち上がる呪いの気焔が否応にもその兇大さを物語っている。

 逃げなくてはいけない。防がなくてはいけない。理性が鬱陶しいぐらいに警告を上げる。呪封に隠されていてさえ魔気の漏れるその腕から逃げなくてはいけない。
 だが、これだけ思考が高速で状況を判じながらも体は一寸だって()に進んでいなかった。
 元よりチェックメイト。逆転の余地無いコールドゲーム。矢尽き刀折れた敗戦。
 ただ、こんな意味の無い思考も、志貴にとって一つ好運があったとするなら・・・
 それは、自分にとどめを刺すのはあの無骨で物好かない黒刃ではなく、禍々しく膨れたあの右腕だろうと言う事が解った事。

 たゆみ出す封呪の布。ばらける細布がほつれた巻糸の様に夜空に華を咲かせる。
 そして、その中で二つ折りにされていた奇形(なが)すぎる腕が夜空に羽ばたいた。
 人の形をした者より伸びるあきらかに人ならざる異形(うで)。それが禍々しい呪炎を立ち昇らせている。
 凶悪な存在。圧倒的な呪い。魔腕の機能は単純明快な用途。暗殺者の名に相応しく、その真名(伝説)が語る通りの宝具。
 つまり殺害。
 徹頭徹尾、完全無欠の不可避なる死の一撃。

 その時、蒼き魔眼は、その黒き魔形に何を見たのか・・・

 ――――――ドクンッ

 心臓の一拍ではなく脳髄に突き刺さる鼓動(イタミ)

 殺される。
 逃げようのない現実として、否定しようのない事実として殺される。

 黒い巨腕。禍々(あか)い瘴気をともなって振り上げられる。
 鋭い指先が五指。御伽噺に見る悪鬼の如く痛々しく尖って、開かれた掌に力がこもっている。

 狙いはどこだ?
 あの巨怪なら頭だろうと臓物(はらわた)だろうと容易く潰してしまいそうだが・・・
 ―――違う。あの腕はもっと恐ろしい呪いだ。
 もっと鋭く、もっと容易く、もっと残酷に命を奪うだろう。

 志貴には見えていた。
 あの腕はまるで・・・

 ――――――心臓を喰らう魔物のようだ・・・と・・・




   あとがき と言う名の中書き

 いつもにも増して読み辛い話をお読み頂きありがとうございますm(‐‐)m
 色々やりたいことを詰め込み過ぎたせいか散文かつ長文のうえグダグダになってしまいました^^;(バトルものは最低2回は逆転しなくちゃダメと言うこだわり(ゲッシュ)がありまして・・・)

 では気を取りなおして、あとがき。
 中編でございます。あと遠野兄ピンチです。
 ってゆーか長いですw前編の3倍あります。赤い水性です。後編はこれの2分の1くらいにまとめたいと思います。最後までお付き合いいただければ幸いです^^;

 設定、展開に関して
 直死の魔眼ってネロも知らないくらいなので(すぐに思い当たらなかっただけかな?)本当に希少な存在なんだろうと思い、ハサンたんも知らないって事で一つ。
 あと、直死って発動条件が触れる事だから本来、隠しておいてここぞって時に使うのがセオリーだろうけど、明かに相手が格上の場合は触れる状況そのものが困難になってくる(特にアサシンとかスピード系)だろうから、敢えて持っている事を知らせて敵に精神的揺さぶりを掛けるのもアリかなーと思ふ。
 だから直死の正体がわからず困り顔のハサン萌えってことでw
 まあ相手の手札を操るのも切り札(ジョーカー)の醍醐味かと^^

 しかし、引きのためとはいえ、考えも無くサバニヤっちゃいましたけど(オイ
 ・・・どうしよう。この後考えて無い\(^o^)/

 1.ハンサムな志貴は突如反撃のアイデアが閃く。
 (妥当なところです)

 2.危機一髪ッ○○が助けに来てくれる。
 (アルクとか先輩とか・・・選びたいところですが、第三者の介入ってバトルもの単体としてはどうなの?って所があるので考えもの・・・いっそ全部レンの夢だったとか?)

 3.助からない現実は非常である。
 (引っ張っといてそれはナイですね。)

 とりあえず・・・後編に乞うご期待?

 今回の小ネタ

猫ア「にゃーにゃーアサシンって何本くらい剣を持ってるのかにゃ?」

アサ「え?まあ40本くらいですが。」

猫ア「にゃに?結構持ってるご様子。チエルほどではにゃいですが」

アサ「まあ持ち過ぎてもなんですけどね、ある程度不測の事態には備えなくてはいけませんから。」

猫ア「職業殺し屋(プロフェッショナル)でも足りなくなる事があると?」

アサ「まあケースバイケースですよ。投擲以外にも格闘や料理、木彫りにも使いますし。あと、魔術師殿が2mくらいのカマキリを捕まえて来た時も虫ピンとして使いましたね。」

猫ア「サバイバルでなく、けっこうアットホームな使い道だにゃ。あとジジイはリアルシャドー自重」

アサ「ええ。商売道具でもありますが、生活のパートナーでもありますね。」

猫ア「にゃるほど・・・でもそれだけ持ってるとさすがにかさばるんじゃにゃい?」

アサ「そうでも無いですよ。(ローブ)の下には他にも麻薬(くすり)に荒縄、仮面の代え、魔術師殿のおしめ・・・あと詩集や裁縫道具なども入ってますし」

猫ア「にゃんとッ!!お主のボロ布(ローブ)は猫憧れの四次元的なアレにゃったのか!!よ〜こ〜せ〜」

アサ「ヒィィ!!な、なにをするんですかぁッ!!」

 オチは無し



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