雁夜は走った。
 かの邪知暴虐なる輩を許せるものかと怒りを込めて走った。
 沈む西日を背に受けて、伸びる影法師を踏み殺さんばかりに走り、その瞳を射殺さんばかりに憤怒に燃え上がらせている。

 話は聞いた。
 大切な幼馴染が泣いていた。その娘が非道にあっている。
 正義の心が黙っておれようか。胸の内の真心が見過ごせようか。

 故に雁夜は走った。
 必ずや非道を正して見せると・・・
 大切な者に降り罹る悪災は除いてみせると・・・

 昔馴染みの町を通り過ぎ、郷愁など吹き飛ばして、半生を付き合った筈の坂道を踏み壊すかのごとく駆け上がった。
 見上げる洋館。そこは彼にとって、もはや敵地と言えるものだ。
 魔術師の家。忌み嫌うその響きに、ついに立ち向かう日がきたのだ。
 雁夜は迷う事無く、蹴り壊すかのように門扉を開き、張り裂けんばかりの怒号と共に、その敷地へと踏みこんだのだ。

「時臣、キサマ―――がふッ」

 ・・・微妙に日和ったその選択に、防犯用の牛乳が被せられた。
 妖怪ジジイはさすがに怖いよね☆



 はっぴーえんど〜間桐滅亡の日〜



「・・・師父。侵入者を捕らえました。」

 えらくダンディーな声の無表情男が、牛乳塗れのまま簀巻きにされた雁夜を遠坂家の居間に放った。

「君は確か・・・間桐家の次男坊―――」

「雁夜だ・・・」

 アンティークな椅子に腰掛ける家主、遠坂時臣の思索に地べたを這いずったままの雁夜が答えた。

「あぁそうだった雁夜君。妻と娘がよく世話になっているようだね。
 っで、今日はどう言った用向きで?」

 時臣は雁夜の正面に座り直すと魔術師然とした鋭い眼光で問うた。

「フッ白々しいな時臣ッ!! 貴様の化けの皮は剥がれたも同然だぞッ」

 まるで噛み付くかのように吼えたてる雁夜の勢いに、時臣は怒りよりも先に憮然とした表情を浮かべた。

「化けの皮?・・・すまないが何について話しているのか見えて来ない。」

「・・・ッとぼけるなッ!!
 何を見返りに受け取ったかは知らないが、貴様が桜ちゃんを・・・実の娘を間桐に売った事は知っているんだぞっ!!」

 噛み合わない時臣との話の齟齬に、雁夜はより一層強い口調になって吼えたてる。しかし、その言葉で合点がいったのか、時臣はもとの余裕を保った紳士の顔に戻る。

「何を言い出すかと思えばそんなことか・・・
 ならば答えよう。まず、君が当主殿にどう言った説明を受けたかは知らないが、遠坂と間桐のあいだで交わされた契約において私自身が受け取った代価はない。
 私は娘の庇護を、間桐は後継者をそれぞれ願い出て交わされた契約だ。私には魔術師としても人道的にも恥じ入る点は無いと自負している」

 時臣はゆっくりと言い聞かせる様に喋る。・・・しかし、その眼の色はあからさまな侮蔑を込めていた。

「そしてだ雁夜君。なにより家を捨て、飛び出した君が今更、跡目問題に口を挟むと言う方が筋違いではないかね?」

 説教でも諭すでもなく、呆れ果てた様に時臣は語り続ける。
 その単語一つとっても雁夜には理解できない物だと言うのに・・・

「何を惜しくなったのか・・・今になって魔道の家禄に名を連ねようとは浅ましいとは思わないのか? まあ、遠坂なら、まず門前払いだ。」

 時臣は断ち切るような強い語尾で言い放つと、それで話は終わりだとばかりに椅子を立ち上がった。

「綺礼、お客様はお帰りだ。すまないが縄を解いて外まで案内してあげてくれ」

 コイツは何を言っているんだ?
 遠ざかる魔術師の背中に雁夜は唖然と呟いた。
 違いすぎる価値観が二人の相互認識を拒む。
 魔術に対する造詣が、間桐に対する理解があまりにも違いすぎる。

 緩んだ縛縄を意識しないまま雁夜は起ち上がった。

「待て時臣ッお前は葵さんと凛ちゃんが悲しんでいるのが解ら無いのかッ!?桜ちゃんがどんな目にあっているのか知っているのかッ!?」

 とにかく叫んだ。己が拠り所とする善性の限りを振り絞った。
 決して通じ合える相手では無いと理解してはいたが、糾弾せずにはおれなかった。
 前後関係や利害関係はさておいて、彼女たちが笑顔でいるのか悲観に暮れているのかが重要だと吼えたてた。
 ・・・まあ、その笑顔が誰に向かってのものなのはかはさて置いて。

「・・・なに?」

 だが、雁夜の言葉は初めて魔術師に届いた。
 時臣は去る足を止めて振り返った。
 雁夜が叫んだ前者の問いならば黙殺していただろう。その痛みには潔く、すっぱりと、魔術師はケリをつけていたからだ。
 ただ、後者の問いについては聞き逃せ無い。他ならぬ間桐が発した言葉だからだ。

「雁夜・・・それは、いったいどう言う意味だ?」

 振り返った顔が魔術師のものか父親のものかは解らない。
 雁夜はとにかく、ようやくにも掴んだ断罪の糸口をたどり、魔術師の過ちを糾弾できる事で頭が一杯だった。

「桜ちゃんを後継者にするなんてのは建前だッ 間桐に貰われた女の子はみんな○×△されて□◆凸して☆○◇にされるんだッ」

「桜が○×△□◆凸のうえ☆○◇になるだって?」

「それだけじゃないッ うちのバカ兄貴は若干ロ○コンはいっててピーーガガガブー大変お見苦しい(ry自重wなんだぞッ」

「まさか・・・あの昆布ヘアーが若干○リコンはいっててピーーガガガブー大変お見苦しい(ry自重wだと?」

「しかも妖怪ジジイに至っちゃ全面的に表現できませんm( ^^;)m

「おのれぇ・・・あのハゲ蟲野郎が全面的に表現できませんm( ^^;)m

 雁夜の時臣弾劾と言う名の身内の恥さらしが過熱する中、一人無表情を貫いていた言峰綺礼元神父が静かにその場を辞した。

「師父、どうやら話が長引きそうなので茶でもお持ちしましょう」

 文字通り静かに告げられたその言葉は、激しく応答する二人には当然相手にされ無い。しかし・・・続く言葉には二人ともが押し黙る悪意が込められていた。

「ときに、間桐殿はご夫妻共通の知人のようですので報告しますが、奥方が先ほど帰られたようです。」

「「・・・・・・・・・え?」」

 二人の疑問符がきれいにハモり、二つの視線が綺礼を注目する。
 元神父はそのタイミングをまって次の悪意を放つ。

「あと重ねてご報告しますが・・・先日、凛がこの居間にて簡易魔術を失敗。廊下側の壁に穴を開けました。」

 そう言って綺礼の指差した壁は、なるほど確かに言われてみれば不自然な形に壁紙がたわんでいる。

「応急処置として壁紙だけを張り替えた様ですが、中身は未だにがらんどう・・・現在は居間での話し声が廊下に筒抜けと言う、大変ユニークな構造になっております。」

 では、とキッチンに向かう綺礼に目もくれず、顔をつき合わせた二人が次に注目したのはゆっくりと開き出した廊下側の扉だ。

 ギギ・・・ギィィィ

 決して立て付けが悪いわけでも無いのに不快な音を立てて開く扉。

「いたたっ・・・母さん痛いっ」

 まず映ったのは利発そうな少女が、繋いだ手の青筋ばった(りき)みように、骨を軋ませて痛みを訴える姿。

 そして・・・

「と〜き〜お〜み〜サ〜ン・・・」

 ビッキビキの顔した時臣さんのマイわいふにして雁夜くんの片思いの相手。

「「あ・・・葵・・・さん?」」

 さて、賢明なる読者諸兄ならばお気づきの事だろうが、雁夜くんのみならず時臣さんまでワイフにさん付けで呼ぶ事の意味は、追い詰められた獣が腹を見せる行為に等しい。つまり命乞いである。

「さ〜く〜ら〜は〜」

 その面は鬼女の如く。歩く姿は幽鬼の如く。
 凛をその拳圧から解放した遠坂葵女史はなにやら二人に黒と赤のストライプの悪夢を見せながらにじり寄る。

「・・・ところで母さん。○×△□◆凸のうえ☆○◇ってなんの事?」

 扉の向こう。潰されかけた手を庇いながら、それでも好奇心旺盛な凛ちゃんは無垢な心のまま母親に新しい疑問を聞いていた。
 ・・・あるいはそれは、このあとに起こる惨劇の引き金であったのかもしれない。

(はははっ凛はホントーに好奇心旺盛なチャレンジャーだな。ただ、居間で父に黙って魔術の練習をするのは良く無いぞ〜)

(あははっ凛ちゃんはホントーにおませさんだなー今度おじさんが教えて・・・ゲフンッゲフンッ・・・PS桜ちゃん。おじさんは君を助けに行けそうにありません)

 二人は申し合わせたかのように心の中でダイイングメッセージを綴った。
 はんにんはあかいあくま。

 いいえ、ルビーです。←神犯人
「計算どおり☆ マーボーさんナイスアシストです♪」
 閑話休題



 そんなこんなで遠坂さんちの家族会議は養子に出した次女の奪還に落ちつきました。

「・・・では行こうか」

 時臣は葵が広げた外套に袖を通し、凛が差し出した魔術礼装(杖)を受け取ると、屹然と告げた。・・・ほんのり痩せこけているのはご愛嬌だ。

「桜・・・」

 葵は夫の背中に涙を隠した。今は魔術師の妻として弱みを見せて良い場面では無いからだ。

「お父様・・・」

 凛は静かに・・・ただ誇らしげに父を見上げる。その出陣を聞いた時は胸が高鳴り、生き別れた妹のためと聞いた時は歓喜した。
 しかし、今はそのいつになく強張った横顔を見つめ覚悟したのだ。父は今より死地に入るのだと・・・

 ちなみに時臣さんが今一番怖いものトップ5
 1位 葵さんのプレッシャー
 2位 背後の葵さんのブツブツ言ってる内容
 3位 肩口に食い込んでくる葵さんの爪
 4位 帰った後の葵さんの折檻
 5位 次女の報復

 ・・・バグジィ?ボッコボッコにしてやんよ

 あと、その後にはやつれた雁夜くんとやる気薄いコトミーが「さくらちゃんを助け隊」の旗を持って控えている。

「行くぞ犬、雉ッ!!」

 あきらかに一匹足りないのを勢いで誤魔化しながら時臣が走り出す。
 それに従いローテンションで歩き出す雁夜(きじ)コトミ(いぬ)ー。
 ・・・いつか殺す。とは誰の胸中であったか・・・


 タッタッタ・・・

 しばらく坂を駆け下りて、遠坂邸が見えなくなった頃。

 「ふう、ようやく人心地つけるな」

 見送りの葵と凛が見えなくなったのを確認してから時臣は歩調を緩めると身なりを整え出した。

 「・・・急がなくてよろしいのですか?」

 いぬが静かに問う。きじはとっとと先に行っていた。

 「うむ。事が事なだけに慎重になる必要があるからな。いくら相手の契約不履行とは言え、額面上の体裁は整えているのだ。こちらから荒事に運ぶのは道義上に反する。
 しかも証言はあの雁夜(落伍者)だと言うのだからな・・・しかるべき質疑応答が無くては遠坂の体面に傷がつこう・・・」

「なるほど・・・道理ですな」

 そうは答えながらも、練達の教会の人間夜(代行者)にしてみれば、葵、雁夜(一般人)の反応と時臣(魔術師)の対応の違いは滑稽に映っていた。
 一般人は魔術師に対する恐れがあり。魔術師は一般人に対する侮りがあった。
 一般人の非道と魔術師にとっての非道は重ならない。
 ゆえに人々は魔術師の行いをことさら悪行として伝聞する。
 だから魔術師は人々の訴えを最悪のものだとは想定しないのだ。
 言峰綺礼にとっての興味は、その二つの意識の中間点・・・今回の惨状はどちらに転ぶのか?
 ただ、それだけの価値として遠坂桜の状況に好奇心を湧かせていた。

「ん?綺礼?・・・そんなにかしこまる必要は無い。話は私がつける。荒事になった場合のみ代行者である君の手腕に期待しているよ。」

 時臣は綺礼の思索を緊張と取り違えたのだろう。
 綺礼はこの師の勘違いだらけの気遣いに一礼で返した。

「ふふっ、まあ簡単には交渉(こと)は運ぶまい。気長に腰を据えて―――」

「どうされるんですか?」

 チャラチャーンッ! 葵が現れた

「シャーッこのヤロッ!!シャーーッどうだこのヤロッ!!」

 時臣はふしぎなおどり(ファイティングダンス)をおどった。
 いきなり頬にビンタをくらい、ヘッドロックをされたコトミーは良い迷惑だろう。

「ん?どうしたんだお前たち? お父さんたちは今、勝利の祈りを大地の神に捧げてたところだ。」

 良い汗を拭いながら時臣は妻と娘に振り返る。

「さすがお父様。優雅(エレガント)です」

「うむ、さすがは我が娘だ。その年齢(とし)でこの小宇宙(エレガント)を感じる事ができるか。」

 羨望の眼差しで見つめてくる娘に時臣はエレガントに応えた。

「あら、あなた? エレガントは結構ですけど雁夜くんはずいぶん先に行っているみたいですよ?」

「ややっ!? これは迂闊だった。いくぞコトミーッ!! エレガントに続くんだッ!!」

 にっこりと「早く行け」と告げてくる妻に極上の笑顔(エレガント)で応えて時臣は再び駆け出した。

「了解です。・・・ですがコトミーは止めてください。」

コトミーも走って追う。


 そんなこんなで間桐邸前。
 来訪目的はもちろん話合いではなく殴ッ血KILLためである。

「それじゃ開けるぞ」

 雁夜(もと住人)が都合良く合鍵を持っていたので忍び込む事にした遠坂御一行(大人4名と子供1名)

 ガチャリ・・・ッ

 案外と軽い音ともに間桐邸の扉は開いた。
 ただ、その開いた先―――

「「あ?」」

 雁夜は見知った顔に会った。

「「お、お前はッ!?」」

 キレイにユニゾンする声の相手は雁夜くんのお兄さん間桐鶴野さんである。
 たまたま近所のコンビニに虫除けスプレーを買いに出た、出会い頭の事であった。
 ただ悲しいかな・・・何年ぶりかの兄弟の再会は、その中間に突如滑りこんだ赤い疾風に粉々に砕かれた。

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラッ!!」

「ぶげぴぃぃ〜〜〜ッ」

Aクラス(超スゴイ)の精密性とパワーの掃射(ガンド)で鶴野をフッ飛ばしたのは遠坂凛(7歳)である。

「やれやれだZE、もうお忍って訳にはいかないようだぜ」

 どこかやさぐれた顔とくわえ煙草が良く似合う7歳児である。

 ちなみに、たまたま通りかかった無関係のお子様、士郎くんは後に語る。

「遠坂は、子供の時からやるときはやる性格だったのか・・・強い」
 閑話休題


「ナイス エレガント。凛」

「ナイス エレガントよ。凛」

 遠坂夫妻は口々に娘を褒め(?)る。凛も投げられる賛辞に気負う事無く恭しく一礼して応えた。

「コトミー、あれ何言ってんだ?」

 さすがの雁夜くんも事情がわからず隣にいた神父に尋ねた。

「うむ、遠坂家では技の良し悪し、ひいてはその寸借をエレガントで表すのだ。他にもファースト エレガント、スピン エレガント、エレガントバウアーなどがある。
 さらに、エレガントポイントを貯める事で108式エレガント砲やエレガントの極みなどの超必殺技を繰り出せるうえ、お得な景品などとも交換できる優れものだ。
 ・・・余談だが、凛の得意魔術の「ガンド」がエレガントの冠詞であるエレを省いた形であるガントに由来するのは言うまでも無い。
参考文献:民萌書房刊『エレガンドなる一族』


 ・・・あとコトミー言うな」

 まあ、そんなこんなで遠坂一家と下僕2名はエレガントに敵陣突入を果たしたのでした。



 一方、こちらは間桐邸の居間。

「痒いのォ〜鶴野の奴はまだ戻らんのか?」

 ぼりぼりと脇を掻きながら飯を食っていたのは、間桐家のご当主にして鶴野、雁夜兄弟の(戸籍上の)お父さんである臓硯さんである。メニューは焼き魚と玄米、高齢者に配慮した薄味のみそ汁と漬物。

「ワカメが足りないのォ」

 すでにツルッパゲ(夢破れ)た身でありながら、今だ幻想を追いかけてしまうのは妄執の権化たる間桐だからこそか・・・
 しかし、一人寂しく食卓についていた老人の目が鋭く尖り、突如、納戸の方へと怪しい眼光を飛ばす。

「・・・して、曲者殿はいかな用向きかな?」

 ジロリ・・・底冷えするほど鋭い視線が、潜む者を射抜くように尖る。

「フッ・・・さすがは間桐の翁。腐っても鯛と言ったところか・・・」

 ギギギ・・・戸を開けて姿を現わしたのは無論、遠坂時臣その人だ。・・・ちなみに出てきたのは普通に廊下側の扉からだ。

「ホホ・・・この屋敷でワシの目を誤魔化す事はできんよ」

 言いながら時臣に向き直るお茶目なお爺ちゃん。

「なるほど・・・では化かし合いなど不用だな」

「うむ、生憎と食事中でな。狼藉者の相手をする暇も無い。用件だけ置いて早々に去ね。」

「ならばさっそく・・・我が娘、桜の身を遠坂に返して頂こう。」

 体を向けず、視線のみで遇する間桐の当主に、物怖じする事無く遠坂の当主は告げた。

「カカ・・・その歳で耄碌したか若造ッ!! よもや娘恋しさに我らが結んだ契約の内容を忘れたとでものたまうか?」

 薄暗い間桐邸の居間。老魔術師の嬌笑が響く。

「無論、契約の内容は一字一句違う事無く記憶している。だが・・・」

 そう言って時臣が身を引いて道を開けると、薄暗い室内に飛び込んできたのは、噛み突かんばかりに怒りを顕にした間桐雁夜だった。

「ふざけるな臓硯ッ!! 貴様は桜ちゃんを自分の願望に利用するだけだろうッ!! いや、むしろお前の言う間桐の後継者と言うのが貴様の欲望を満たすだけの奴隷だッ!!」

 食卓を叩き割らんばかりに臓硯の正面に向き合った雁夜を見て、老人は押し黙った。

「・・・っと、言う訳だ、ご老体。契約不履行では桜を預けてはおけ無い。早々に引き渡してもらおう。」

 叩き付けられた罪状。老人の悪事は内部告発によって明るみに出たのだ。
 ・・・しかし、追い詰められたはずの老人の口は歪に笑っていた。

「ク・・・カカ・・・小僧どもが頭数を揃えれば喚きおるわ・・・
 時臣。お主はこと魔術に対する姿勢に置いてのみ評価していたのじゃがなぁ・・・よもやこのような呆け者の言葉を信じて・・・いや、肉親の情にほだされてか・・・このワシに挑もうとは・・・ッ」

 老人の恫喝と共に部屋の照明がさらに暗く翳る・・・いや、照明を遮る(もの)が現れたのだ。
 ザワザワと蟲の群が部屋の影より・・・戸の隙間より這い出してきた。

「・・・くっ」

 雁夜が怯える。その蟲の異形のみでは無い、長年にわたり彼を蝕んできたトラウマがその身を竦ませるのだ。

「・・・」

 時臣の後ろに控えた代行者が、遠坂の母子を庇う様に音も無く黒鍵を抜刀する。

「あなた・・・」
「お父様・・・」

 母は守るように娘を掻き抱き、夫の背を見つめる。
 娘は母の腕の隙間より父の背中を眺めた。

 時臣は・・・

「実力行使か・・・願ってもいない。
 遠坂を謀った罪。遠慮無く裁かせてもらおう。」

 魔術師は戦地において最も輝いた。

「ク―――その放言。もはや灸を据えるだけでは済まんぞ小僧ッ!!」

 魔術師の怒号が合図であったのか、蟲どもが天井から・・・床下から・・・ぞわりっぬたりっ、と一斉に襲いかかったッ
 しかし、対峙した魔術師は僅かばかりの怯みも見せずに手にした杖をかざす。

「エレガントビィィィィーーーーーーーームッ!!」

 ちゅど〜ん

「エレガントファイヤァァァーーーーーーッ!!」

 どご〜ん

「エレガント ザ・ハンドッッッ!!」

 ごば〜ん

「エレガントスゥピィィィーーーーーーーンッ!!」

 ぼか〜ん


「フ・・・さすがは時臣。歴代の御三家の使い手の中でも最も華麗な技を持つ男よ」

 ぶっ壊れる間桐邸を見ながら、ちゃっかり避難していた鶴野兄さんは劇画調に呟いていたとかいないとか・・・

 取り敢えず戦いは圧倒的かつ一方的・・・なによりもエレガントに決着した。


 ―――アホー・・・アホー・・・

 暮れなずむ町に、鳥の鳴き声が響く。
 戦いは終わったのだ。今は残骸となった間桐邸跡地が在りし日の影すら見せる事無く朽ちている。

お美事(エレガント)でございました。あなた・・・」
お美事(エレガント)でございました。お父様・・・」

 佇む勝者に妻子が賛辞を送る。

「フッ・・・勝利とは言えかつての盟友の落日、心晴れやかにはならないものだな・・・」

 夕日に黄昏る魔術師は自嘲げに呟く。
 その視線の先には瓦礫の下から皺だらけの尻だけを覗かせた臓硯さんがプルプルしている。

「らしくないか・・・このような感慨など私には似合わない」

 時臣がそう漏らしながらかぶりを振ると、

「ッざけんな殺す気かッ!!」

 射線上にいたため巻き込まれた雁夜くんが瓦礫の中から飛び出した。

 余談だが、雁夜くんが飛び出した拍子に崩れた突起状の瓦礫が臓硯さんの尻穴を直撃。お爺ちゃんは「ユステェーツァ〜」と呻きながら脱魂していた。
 閑話休題


「時臣テメェ、俺がいるのに構わず攻撃しやがったなッ!? いや、むしろ俺を狙って攻撃しやがったろうッ!!」

 物凄い剣幕で自身に詰め寄る雁屋に、時臣は心底嫌そうな顔で応じる。

「落ちつきたまえ雁夜。あまり顔を近づけると唾が飛ぶ。
 とりあえず、生きていて残念だ。」

 どうどうと宥める様に見せかけて、必死で雁夜を遠ざける時臣。

「これが落ちついてられるかッ!!・・・ってかお前、今残念って言ったなッ!?言ったよなぁ!?」

 さらに激昂。もはや憤慨やるかたなしと言った様相の雁夜にそっと手が差し伸べられた。

「雁夜くん大丈夫だった?心配したのよ」
「おじさん大丈夫?怪我は無い?」

 煤に汚れた額を拭う優しいハンカチ。心配そうに自分を見上げる幼い瞳。

「ははっ(ぼく)がこれくらいで倒れるわけ無いでしょう」

 当社比三割増しの男前で振り返る愛の戦士。

「あなた、早く桜を・・・ッ」
「お父様、桜を探しましょう」

 そして即行で放置される哀の戦士・・・


 暫くして・・・

「ここが入口の様です。」

 コトミーが残骸の下から地下に向かう階段の入口を発見した。

「でかしたぞコトミーッそこで間違いあるまい」

 時臣が嬉々として駆け付ける。正直に言えば桜の監禁場所もわからない内に、屋敷を全壊してしまったのは拙かったのではと、一抹の不安を感じ始めていたのである。・・・嫁の視線が怖い。

「雁夜くん?」

 葵の視線が雁夜に問う。

「ああ、間違い無い・・・ここだよ」

 忌まわしき蟲蔵。間桐の悪行の象徴。ここに今、幼き少女が囚われている。

 ピチャン・・・ピチャン・・・

 雫の滴る音か、虫の這いずる音か・・・
 薄暗く、足場の悪い階段を五人は陣形を変えて、雁夜を先頭に警戒しながら進んだ。
 後衛には綺礼が黒鍵を構えたまま守り、時臣は妻子を庇う様に抜け目無く慎重に進む。
 魔術師の工房に向かう道。それ即ち蛇蝎の腔道に等しい。注意は細心、備えは万全でなくては生きて抜けることは叶わないだろう。
 緊張の面持ちに強張る面々。しかし、ただ一人後衛を任された綺礼のみが無意識の内にその口元を愉悦に歪めていた。
 間桐が行う修練の内容に期待しての事では無い。それを目撃する人々の反応が楽しみなのだ。
 これより目の当たりにする修練と言う名の惨状を一般人はどう嘆くのか・・・魔術師はどう受け止めるのか。
 彼女たちは時臣の反応を冷血漢だと罵るのか・・・はたまた相容れぬ価値観だと絶望するのか・・・
 だが、期待しないと言ったのは嘘だ。綺礼が真に期待するのは時臣の絶望。
 仮に・・・もし間桐臓硯が桜に課した修練が、魔術師(時臣)すらも慄く所業であったらどうだろう?
 この自信家。己の進む道に間違いなど無いと自負する男がもし仮にだ・・・自身さえも許せぬ悪行に愛娘が、己のせいで晒されていたと知ったならば・・・この男はどう嘆くのか?
 綺礼は無意識の内に期待せずにはおれなかった。己の内なる甘美に・・・

 そうして暫く進む内に、薄い明かりが見えてきた。そう終点だ。その先に間桐の工房がある。そして、そこに桜はいる。
 彼らは辿りついたのだ。そして目撃する。間桐の宿業を・・・その非道を・・・

 ギョロリと開いた数え切れない目玉が爛々とこちらを見やる。
 粘体のそれらが幾重にも重なり合い、求める姿を遮っている。
 弾け、混ざり合う醜悪が穴と言う穴を塞ぎ、その内側を蹂躙している。

「あ・・・あ・・・」

 葵は声を発することができず、ただ溢れ出る涙を拭う事もせず夫に縋りつく。
 しかし、いつであろうと優雅に、どのような時も余裕を崩した事が無い魔術師も、この惨状を見ては妻の弱々しい手を握り返してあげる事すらできない。

「な・・・なんと言う・・・」

 惨い・・・あまりに惨い・・・想像だにしなかった絶望に魔術師はわななき、それ以上口にすることができない。

 雁夜と綺礼ですらその惨状に立ち尽くすばかり・・・

「さくらぁッ!!」

 ただ一人、凛だけが妹の窮状を正しく理解し、受け止め、救いに走った。

 だが、妹を救いたいというその小さな掌も、この群の前ではあまりにか細い。
 いや、むしろその少女の涙を嘲笑うかのように陵辱の速度を上げる。

「あ・・・あ・・・」

 声も出ない。その涙は己の無力に対して・・・そして、犯され逝く妹を哀れんで・・・
 もはや制御を失った群は彼女の息を止め、その命を終わらそうと躍起になっている。
 それでも必死に抗う凛。
 その時、姉は自分を見る妹の瞳に気がついた。虚ろな目・・・諦観が、虚無がほとんどの色合いを占めている昏い瞳。それでも、その中に僅かな輝きがあった。それは―――

 ごめんなさい・・・ありがとう・・・

 ―――そう語る様に寂しげに瞬いて・・・有象無象の群はその全てを絶望と言う色に覆い尽くした・・・








 ばたんきゅ〜

「あ、負けちゃいました」

 少女の呑気な声が蟲蔵に響いた。

「ちょっ・・・待ってよッ!! いま絶対コントローラー(コイツ)左回転と右回転間違えたわよッ!!」

 幼き姉妹はとこぷよ(とことんぷ○ぷ○)に敗れていた。諦めた妹とイチャモンをつける姉・・・良くも悪くも対象的な姉妹である。

(解説:ぷ○ぷ○は落ち物系パズルゲーム。特殊な事に落下物(ブロック)が不定形粘体生物(スライム)であり、フィールド=プレイヤーの体、ブロックの出現口を呼吸器官と仮定している。
 つまりフィールドをブロックが埋め尽くす=体に纏わり付かれる。出現口を塞がれる=呼吸を止められて死ぬ・・・という、グロテクスな設定を持つ。)

「でもスゴイです姉さん。けっこう持ちましたよね」

「そりゃそうよ、コトネん家で特訓したんだから。 私、パズル系だけは得意なのよ」

 妹の賛辞にフフンと髪をかきあげて凛は得意げに言う。

「凛ッ桜ッ やめなさいッこんな暗い部屋でテレビなんて見たら目を悪くするわッ」

 画面から30cmも離れないでゲームを続ける姉妹に、とうとう葵さんが叱りつける。

「お・・・おのれ間桐臓硯ッ てれびなどと言う出来の悪い洗脳装置を子供に与えるとは・・・家の没落も当然だった様だな」

 なにげにTVゲームと言う概念は頭に無い夫妻である。

「わかっただろう、これが間桐の宿業だ・・・F○やド○クエのレベル上げやテト○ス、ぷ○ぷよのハイスコアを競う廃人プレイを強要されるんだッ
 鶴野なんかはもう裸眼では息子の顔さえ見分けられないんだぞッ!!」

 固く拳を握りながら積年の恨みを吐き出す様に雁夜が叫ぶ。だが、それも今日までだ。雁夜の勇気が、遠坂の家族愛がそれを砕いた。

「なんだそりゃ・・・」

 コトミーがさりげにぼやく。

 だが、そんな言葉は今の雁夜には届かない。

「迎えに来たよ桜ちゃん。さあ、帰ろう。」

 雁夜は涙を拭いて、やさしく少女に手を差し伸べた。
 震える小さな指先がたどたどしく動く。
 いいんだよ。君はもう救われたんだ。暖かなお母さんの愛が君を待っている。
 雁夜は我が事のように嬉しい。少女の喜びを見れることが、大切な人の悲しみを消せた事が。いま、こうして少女に手を差し伸べられる事が何よりも誇らしい。
 そして、小さな掌がその手を掴もうとして―――

「お母さ〜ん」

 ―――通りすぎた。

「あら桜は甘えんぼさんね」

 嬉しげに母に抱きつく少女。慈しむ様に娘を抱く母の腕。・・・さりげに無視されたのがちょっち悔しい雁夜おじさん。

 そんな母子に時臣は静かに歩み寄る。

「桜・・・私のせいで辛い目に遭わせたな。至らぬ父を許して欲しい」

 そして、深々と頭を垂れる父に凛が駆け寄る。

「でもお父様、これで家族4人元通りですね」

 はしゃいで瞳を輝かす凛。それに時臣はうなずいた。

「じゃあ、今晩はお祝ね。桜の好きな物作ってあげるわ」

 抱き上げた桜に葵はやさしく微笑む。

「はいっ!!」

 少女は春咲く花のような満開の笑顔で頷いた。


「よかったね桜ちゃん、凛ちゃん・・・葵さん」

 いつの間にか立ち直っていた雁夜おじさんは家族の再会に感動していた。・・・時臣が邪魔だけど。
 笑い合える母子と姉妹の姿は何よりも尊いと思った。・・・ぶっちゃけ蚊帳の外だけど。
 この笑顔を守っていこうと誓う。彼女たちの幸せを永く見守っていこうと思う。・・・ストーカー的な意味では断じて無い・・・たぶん・・・きっと・・・おそらく・・・


 ちなみにコトミーはどうしているかと言うと、

「・・・お泊まり保育かよ」

 ボソッとツッコんでいた。
 しかし、そんなやさぐれたコトミーの肩をポンポンと叩く手がある。

「ときに息子よ」

 コトミーパパの言峰璃正神父である。

「父上? 何故ここに―――」
「家族とは良いものだな。」

 コトミーの疑問を完全にスルーしてパパンは微笑む。

「そ、そのようですが・・・それより何故ここに―――」
「孫の顔が見たいな」

 またまたコトミーの疑問をガン無視してファーザーは告げる。

「孫・・・ですか? アレは確か南欧の教会に―――」
「呼び戻しなさい」

 コトミーのうろたえなど意にも介さず父は言う。

「いや、父上・・・そんな勝手は―――」
「やはり家族の団欒は大切だ」

 もとよりYES以外認めぬとばかりにファーザー言峰は言い切る。

「・・・わかりました。善処はします」
「頼んだよコトミー」

 父のごり押しにコトミーは屈したのだった。

「って言うか、何故に父上までコトミー言う・・・」

 コトミーの真の苦悩はいま始まったばかり・・・



 そんなこんなで遠坂邸。

「さあ、今日は腕によりをかけたから沢山食べてね」

 葵さんが用意した料理は豪華に食卓狭しと並べられている。
 もちろん天井飾りはハデにエレガントに飾られ「お帰りさくら」の垂れ幕がかかっている。

「うむ、エレガントだ」

 時臣がビシッと親指を立てる。

「お母さん、エレガント」

 凛が両手を合わせて喜ぶ。

「・・・(きょろきょろ)」

 桜が父と姉の言葉を聞いて二人と食卓を見渡す。

「お母さん・・・えれがんと」

 たどたどしく告げられた言葉に・・・葵さんは口を覆った。

「時臣さん・・・さ、桜が空気を読んだわッ」

 目元を潤ませながら葵さんが夫を揺する。

「うむ・・・幼女(ロリ)、3日会わざれば刮目して見よと言うが・・・ふっ、このたびの騒動も桜を一つ大人にしたようだ。」

 時臣は愛娘の成長に誇らしげに頷く。

「さくら・・・これであなたも華麗なる一族(トオサカ)の一員ね」

 凛はいつになく優しく妹に手を差し伸べた。

「姉さん・・・はいっ」

 ・・・手と手を取り合う姉妹。仲睦まじき夫婦。それは温かい一家の団欒。


 一方こちらは言峰一家のテーブル。

「ほーら、おじいちゃんの膝においで〜」

 璃正神父は椅子に腰掛けながら孫娘を笑顔で招いた。

「孫を誘淫(かどわか)そうとは、とんだ聖職者ね・・・息子一人も手懐けられないのだから当然かしら?」

 孫娘は祖父を養豚場のブタでも見るかのような冷たい視線で蔑んでいた。

「あふんっ この年齢(とし)で新たな喜びを見つけそうッ!!」

 言峰璃正60歳・・・まだまだ現役である。

「・・・」

 コトミーはMに目覚めつつある父と、Sッ気を隠そうともしない娘に、実に微妙な表情をしていた。 

 キンコーン

 っと、ここで突然、玄関の呼び鈴が鳴る。

「来客のようです。私が出ましょう」

 コトミーが席を立つ。正直、この多幸至福の混沌空間から逃げたかったのである。

 ガチャッ

「どちら様でしょうか?」

 圧倒的な幸福オーラに胸焼けをしながらコトミーは無遠慮に扉を開ける。
 だが、それはすぐに迂闊と知れる。

「・・・貴様ッ」

 立っていた男は着古したトレンチコートにボサボサ頭・・・とてもこの豪邸を訪ねるような人種では無い。なにより、その鋭い眼光が並のものでは無いと予感できる。
 そう、ここは魔術師が居を構える工房。それを訪ねるのもまた闇社会の一員に他ならない。練達の代行者でありながら、綺礼は決定的なミスを犯したのだ。

 スッ―――男の腕が上がる。

(上段攻撃?―――いや、魔術作動かッ!?)

 あわてて防御姿勢をとろうとする綺礼だが間に合わないッ
 男は素早くそれを唱えた。

「ども〜、今度こちらに越してきた衛宮です」

 頭に手を当ててペコリと一礼。男は日本人らしい柔らかな物腰でコトミーに挨拶した。

「妻のアイリスフィールです」

 後に控えていた子供を抱えた銀髪の女性も併せてお辞儀をする。
 さらに後ろに控えた黒服の女性も綺礼に目礼をしていた。

「・・・・・・えーと・・・引越しのご挨拶で?」

 いいかげん疲れた顔をしながらコトミーが問う。
 それに銀髪の女性、アイリスフィールが頷く。

「はい。こちらが管理者(セカンドオーナー)の遠坂さんのお宅と伺ったもので・・・あなたがご当主様ですか?」

 にこにこと邪気の無いその笑顔によけいコトミーは疲労を溜める。

「いえ・・・私は弟子の言峰k―――」

 ―――どか〜んッ!!

 突然、遠く見える円蔵山が大爆発した。今度こそコトミーは真っ白になった。
 すると、黒服の女性が電話を取り出して何事か喋りだす。

「ええ、はい・・・では引き続き事後調査を・・・」

 それだけで用件は済んだのか、女性はトレンチコートの男に振り返る。

「切嗣、大聖杯の破壊を確認しました。柳洞寺の居住区への被害はありません。」

 女性はそれだけ告げると「現場指揮に戻ります」と去っていった。

「ねぇねぇキリツグぅ〜今のはそれんのりゅうしゅつかくぅ?」

 母親の腕で大人しくしていた少女が可憐な笑顔で男に問う。

「ん〜違うよイリヤ。日本は「持たない、造らない、持ち込ませない」の国だからNGだよ〜」

 男はだらしない笑顔で少女に答える。

「え〜イリヤ、かく見たかったのにィ〜つまんな〜い」

「ごめんよイリヤ〜 今度の休みにでも南洋で見せてあげるから、お父さんを許しておくれ」

「うんっキリツグ大好きだよ」

 母の手を離れて娘は父に抱きついた。

「もう〜あなたっ あまりイリヤを甘やかさないで下さいっ」

 キャッキャうふふと戯れる家族・・・それを様子を見に来た時臣が見つける。

「綺礼、あまりお客を立たせておくものでは無い。折角のパーティーだ、中にご案内しなさい。」

 それを聞いた衛宮一家は真っ白なコトミーを避けて「お邪魔します」と遠坂邸へと入っていった。
 そして、ツッコミ所が多過ぎるので、コトミーは次第に考えるのを止めた。




「・・・ねえ雁夜くん。少しいいかしら?」

 一人静かに杯をあおっていた雁夜のもとに訪れたのは、ほんのりと頬を染めた葵だ。その両脇には凛と桜の姉妹を連れている。

「ああ、べつに構わないけど・・・旦那さんはいいのかい?」

 雁夜は杯を置くと、優しく聞き返した。

「ええ、あの人はお客様が見えたみたいだから・・・それより私、雁夜くんにお礼がしたいの」

「お礼?」

 聞きなれない言葉に雁夜は首を傾げた。自分はこの人に感謝されるような事をした覚えは無い。

「ええ、私がまたこうして子供達と居られるのはあなたのおかげよ。」

 葵は本当に嬉しそうに微笑む。

「そんな・・・俺は当然の事をしただけだよ。」

 雁夜は優しく頭を振った。
 そう、自分は誰かの為にやったんじゃ無い。自分自身が、この優しい心に浸りたかったからやったのだ。

「でも、あなたが居なければ桜は助からなかったわ」

 そんな雁夜に、葵は昔と変わらない笑顔のまま答える。

「そうよ。さくらはおじさんが助けたのよ」
「かりやおじさん、ありがとうございます」

 姉妹が丁寧にお辞儀をする。もちろん雁夜に向けられた顔は満面の笑みだ。

「そうかな・・・まあ、そう言われると嬉しいよ。・・・ちょっと照れくさいけどね」

 雁夜は少し照れながら苦笑する。そして、優しい眼差しで親子に向き直った。

「でも、それならお礼は必要無いよ。」

 精一杯の愛しさを込めてそう言った。

「「「え?」」」

 不思議そうに漏れた声が唱和する。
 あぁ・・・その声も姿も、不思議そうに頭を傾げる仕草すら愛狂(いとお)しい。

「うん・・・もう、貰ったからね」

 そう―――その笑顔がなによりの報酬だ。

 雁夜はそっと微笑んだ。―――――― fin


 ・・・ではない。

「あぁ・・・なんて素敵なの雁夜くんッ なぜ昔の私はあなたの魅力に気が付かなかったのかしらッ
 ごめんなさい。私が馬鹿だったわ・・・抱いてッ!!」

 葵さんが雁夜に勢い付けて抱きつく。

「ははっ大丈夫だよ葵さん。僕はいつでも・・・いつまでもあなたを待っていたよ。」

 雁夜は(あおい)を強く抱きしめる。

「なんて紳士的なのおじさん。お父様なんかより素敵だわ・・・抱いてッ!!」
「おじさんは私のヒーローです。・・・抱いてッ!!」

 凛と桜が雁夜の空いた両脇から飛びつく。

「はははっ二人とも、僕の事はお父さんって呼んで良いんだよ」

 そう、これこそ求めていた物。望んだ全てである。ビバ雁夜。ビバ人生。ビバ家族愛


 一方、こちらは現実。

「むにゃむにゃ・・・パパは幸せだよ〜」

 顔面これ幸福と言う顔で酔いつぶれた妄想戦士KARIYA。

「ねぇねぇお母様。あそこの虫けらがなんか気持ち悪い顔で寝言いってるよ」

 それを指差しているのは銀髪の幼女イリヤである。

「うふふ、ダメよイリヤ。アレは見ちゃいけません」

 そんな愛娘をアイリは優しくたしなめた。

「は〜い、お母様」

 イリヤちゃんは素直に頷いたのでした マル


 オマケ☆

「な・・・ななななななななにがあったんだーッ!!」

 全壊した間桐邸を前に、留学から帰国した慎ちゃんは叫んでいた。
 その眼前、ジジイの尻だけが咲いていた・・・




   あとがき

 ありのまま今起こったことを話すぜ・・・俺は雁夜おじさん救済SSを書こうとしたらヘンな電波SSが(ry

 ども、「雁夜おじさんに愛の手をッ!!」をスローガンに書き始めて、なぜか電波SSが出来てしまったスエすけです。

 まあ、残念な結果になってしまったのは、やはりおじさんは報われないのが一番輝く姿かなーと思い・・・いとおかし

 あと全般的にキャラが壊れてて原形を留めてません。しかも書いてる途中から他の人たちも幸せな姿を書きたくなってイロイロ混じってきましたw
 家族が一番のきりパパがいても良いじゃないッ!! 一人娘に悩まされるコトミーがいても良いじゃないッ!!
 ・・・遠坂夫妻は趣味入りました(^_^; でもゼロで感じた夫へのデレ方と、怒りの迫力はさすが桜母と喝采ものでしたので・・

 とにかくゼロ本編は救いの無い悲しいエピソードばかりだったのでお気に入りのキャラたちで馬鹿やってみたかっただけとです(^_^;

 ちなみに、冒頭が某有名小説のパロなのは主人公の猪突猛進つながりです・・・苦しい、かな?


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